ドイツに住んでいると、特に単身で留学なりお仕事の都合なりで滞在となると、心配する両親から心のこもった贈り物が山盛り届くこともあるでしょう。
しかしこれが税関ではとっても目立ってしまい、検査の対象になってしまうことがあります。
せっかく贈ってもらった物なのに、高額な輸入関税が課せられると泣くに泣けないですよね?
この税関留め置きのバージョンには二点あって、
(1)中身が疑わしいと判断されたとき
(2)中身の価格がどうも輸入関税を課せられるもののようだけれど、一体その額をいくらにしたものか不明なとき(中身を開封してもらって実地で計測する)

私は一度日本の通信講座に挑戦した際、まとめて段ボールに詰め込まれたテキストとDVDが税関で差し止められてしまった苦い経験があります。
それがまた泣くに泣けないのが、学校から内容の一覧表と領収書がセットで添付されていたこと。
妻が税関まで代理で出掛けていってくれたのですが(もちろん代理人受け取りに関する書類を一筆書いて私がサインしたものを持参しました)、「この小包を開けて頂戴」と言われて(強制的に開ける権限があるはずなのにね)妻が素直に開封するや否や、中身を確認する前にさっと領収書を税関官吏が取り押さえてしまいました。その間わずか0.3秒!
そして、日本語が読めないながらも数字は物語る!どれが何を指しているのか翻訳しろと言われ、中身を知らない妻は推測で説明(大体正解)。それをもとに素早く電卓が叩かれ、あっという間に130ユーロ輸入関税を支払わされる羽目に。
あゝ、講座代だけでも高額だったのに・・・やられた感で一杯になる。

昔は胃カメラのようなスコープを利用して段ボールの中身をチェックしていたはずなのになァ。財産権の侵害か?なにか問題視されたのか?一応は受領人の承認を得てから開封するようになったのかしら?

それにしても不思議なのが、税関で差し止めた商品をDHL(Deutsche Post)を使って再配送してもらえるというサービスがあります。
中身に疑義があっても、このサービスを使えば税関に出向かなくても済むのでしょうか?そんなことあり得ませんよね。。。
輸入関税が課せられる際は、送料とともに課税の請求書も同封されてくるのでしょうか?小包を引き受けるとの署名がなされたら、情け容赦なく開封し輸入関税を課してしまう、と。
二つの小包が同時に日本から送付されて、それらが同時に税関で引っ掛かった場合、転送サービスをしてもらうと当然28.9ユーロの2倍を支払うのですよね?これは財政的にはかなり痛い!

新品の服などを送ってもらう時は必ず値札を外すこと。円表示のついたタグなど問題外!
仮に課税されることになっても言い値でなんとか最低限の課税で切り抜けられるますよ。「こんな新品の服がそんな安い値段で買えるわけない」とか言われたら、日本では良い商品が安く買えるのです。だから送ってもらったの!とか主張すればなんとか最低限度の出費で済ませるでしょう。
新品の衣類は一度洗濯しないと着ない性質だという方は、もうこの際甘えちゃって実家で洗ってから送ってもらう方法も有効。
一度着たってことになれば中古品で通せますよ。

たしかに輸入に関税が課せられるのは頭では分かるのです。でも私や妻のように日本サイズでもSタイプにはドイツで合う服が見つけられないのです。そこは分かってほしい。
別に商売しようってわけではないし、一応日本では消費税分納めているので、そこは何とか斟酌を!っていつも思います。

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by wp636 | 2017-08-27 06:52 | 日常生活 | Comments(0)

一昨日、日本の友人と一緒にオランダ・ユトレヒトに出掛けてきました。

オランダ語の離せない私たちにとっては、勇気をもって「ドイツ語話せますか?」と尋ねる必要に駆られるのですが、これは切ないことです。
多くの人は英語が世界共通語で、これさえあれば世界中どこでも旅ができると思っている。でもこの考え方は一面正しく、他面そうとも言えないと私は考えます。

なぜなら「英語を話せますか?」と尋ねた瞬間に相手との壁が築かれるからです。オランダという国家が世界経済や世界産業に与えるインパクトはそれほど大きくないかもしれない。だからこの国の人たちは英語やドイツ語が堪能です。生き残るための手段として他言語を身に着けているのです。しかし母国語は別にあり、その言葉は国民性やその国に住む国民の誇りに直結しています。
そこを忘れてはなりません。
片言でもオランダ語で話してみる。すると相手は絶対に心を開く・心のうちで絶対に喜んでいる。そういうものでしょう。頭っから英語で話しかけるのとは印象が全然違うはずです。

私は海外に出るのを毎回ちょっと躊躇い、そして出掛けていった後必ず「行って良かったなァ。そして言葉って大事だなぁ」と改めて思うのです。
こうした経験を外国語を勉強する原動力にしています。

私にとって海外に出るとは何か?と尋ねられたら、それは「言葉の大切さを知る機会」に尽きます。
今回の旅では当然「オランダ語いいねぇ」という感想を持ったわけです。

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by wp636 | 2017-08-13 15:03 | 日常生活 | Comments(0)

先日、会社で在庫の一斉棚卸しが行われました。
倉庫にある何千という商品を従業員総出で一つ一つ数えていくのです。
普段一日中椅子に座り、パソコンに向かって経理の仕事をしている自分にはきっつい体力仕事でした。もう40代ですし、この手の肉体労働は実にこたえます。

さて倉庫はだだっ広く、また今年入社の私には知らないことばかり。何がどこに保管されているかなど考えもせずに働いていますから。
倉庫担当の方にリストをもらい、該当する商品を探し出してひたすら数えていきます。
ただ、この商品探しに一苦労。目に付くところに商品が並べてあればよいのですが、段ボールに入っていたり、最新の商品で紐解かれていないものなどは、どこにどう保管されているのか素人には分かろうはずもありません。

そうなると倉庫担当の方に質問するのが一番手っ取り早い。なんでも知っている、まさにその言葉にピッタリの歩く倉庫辞典ですから。
商品の形状や色合いなどもすべて頭に入っており、それがどういう経緯でどこに保管されているかも瞬時に答えられる。本当に凄いことだと思います。

しかし。。。昨今のAI(人工知能)を最先端とするコンピュータ・システムは在庫管理にも応用されてきており、従来型の経験がものをいう職場を駆逐しつつあります。その先頭を突っ走るのがジェフ・ベゾス率いるamazonグループでしょう。あれだけの多種多様な商品を大量に取扱い、数日以内に(事によっては当日中に)指定された場所へと配送されるシステムを構築しています。
この会社の財務諸表を見ると、売り上げが右肩上がりですが、それに比例するように絶え間ない設備投資にお金が費やされています。利益を意図的に圧縮しつつ、厳しい競争に優位に立つための施策にお金を使っているのです。
より効率的な在庫管理を実現し、受注-商品のピックアップ-発送手配へと一連の行程を無駄なく円滑に流していくために、amazonは進化を続けています。
こうしたお金の掛かるシステム導入には資金力が必要ですが、やがて定型化、低価格の廉価版が出てくると破壊的イノベーションによってあっという間に中小企業にまで浸透していきます。

そこで大量の単純作業労働者のクビが刎ねられます。件の倉庫担当、今は会社にとって大変重宝な職員です。しかしコンピュータ管理システムが導入されたら真っ先に職を失うでしょう。人件費が相対的に他の倉庫作業員よりも高いからです。
そしてこの方の知識は、今の会社を去ったらもう何らの価値も持ちません。

これからの時代、もはや詰込み型の「歩く六法全書」「ウォーキング・ディクショナリー」は不要です。コンピュータには絶対勝てませんから。
それを念頭に置けば、従来型の「教える指導」がいかに無駄が多いか分かろうというもの。
これからのレッスンに必要なのは、「知識を教えること」ではないと思います。いかにして「気付きを与える」レッスンを行えるかにかかっています。板書を写して覚えるタイプの学習は、21世紀型のやり方ではないと確信しています。
では何が21世紀の人間に求められているのでしょうか?
それは、時には答えの出ない課題に対しても「どうやって取り組むか?」という疑問を常日頃から自分に問いかける人間、いつだって「自分がアクションを起こすと、どういった変化や結果が生じるのか?」といった問題意識を持って考える人間が求められています。

もう学歴の時代などはとっくに終焉を迎えています。教えられた知識をテストで吐き出すだけの「頭でっかち」は生き残れません。
この厳しい時代を生き抜くためには、学習の仕方と人の意識の持ち方も変わらなければならないと思います。

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by wp636 | 2017-08-06 20:21 | 日常生活 | Comments(0)

日本の政治家に大した人物がいないのは今に始まった話ではないけれど、北朝鮮がミサイルを打ち上げて大変な時期に辞任する防衛相ってどうかと思う。そういう人物を任命した首相も首相。しかも後任は外相と兼任って。人材難と言われても仕方のない状況だ。
小さな頃から懸命に勉強している生徒がたくさんいて、社会人も自分のプライベートな時間を削って長時間勤務しているのに、その努力と納税の一方で、日本のトップに立っている人物がこの程度ではあまりに浮かばれない。

政治に興味を抱かない人が多い昨今、選挙についても「どうせ行っても無駄」と思って投票に出掛けていかない人も多い。けれど、これは物凄い税金の無駄。自分の貯金に目を向けることと同じくらい、否それ以上に価値のあることですよ、政治を考えることは。
もっと多くの人が政治に関心を持って、「良い政治家」は選べなくても(人材不足なので)、「ひどい政治家(稲田議員のような人物と言ったらあまりに失礼か)」を選ばないようになりたいもの。

今、中3生に公民のレッスンをしていますが、中学の学習科目でこれほど重要な科目もないと思う。
下手をすれば、日本国憲法や政治(選挙)などの仕組みを勉強する機会はこれが最後という場合も多い。私は高校時代の受験科目として政治経済・倫理を選択していたので、憲法などについて改めて深く学習する機会があったものの、高校時代に政治経済・倫理を選択する人なんて殆どいないはず(全高校生の一割以下?)。多くは日本史か世界史に地理を加えるパターンであろう。
だからこそ、中学生の時分にきちんと公民の指導をしておかねばならない。受験科目としてだけではなく、生きていくための実践的な学問としても。
ただしこの科目、教える人間によって大きく内容や指導の質がブレる可能性があり、取扱注意科目なのである。
多くの社会科の教師は史学専攻であろう。経済、経営、商学専攻だった人間が公立校の社会科の教師になる確率はとても低い。大抵は銀行か証券、生保それに商社を第一志望に就職活動を行うはずだから。私自身も経済学部出身だけれど、会計の勉強をして国税専門官、それに民間会社の経理マンを勤めてきた。
だから興味深い公民の授業が学校で行われる可能性はとても低い(主専攻にしてきた教師が少ないから)。社会経験の少ない教師が、公民を中学生に向かって指導するのは困難ともいえる。

日本人の、特に若者の政治離れが顕著なのは、お粗末な国会議員らの責任もある。しかしそれだけではないだろう。
せっかく公民という貴重な学習機会が義務教育の間にあるのだから、ここをしっかり指導できる教員の養成も必須だ。もっと生徒たちが小さな頃から、政治や経済に関心を抱く学生を増やさないといけない。
私が学校教員の4割から5割は社会人経験者にすべきだと考える理由はここにある。教職課程を修了して、教職員採用試験に合格すれば教師になれるという甘い考えを根本から叩き直さなければならない。一生懸命に働いている教職員がたくさんいることも知っているが、反面どうしようもない者がいるのも事実。
臨時雇いで教職員を補うのではなく(不安定な雇用では指導の質にも影響する)、半日勤務の正教員を増やすべきだと考える。そうすれば家事との両立が可能になり、教職に復帰できる元教員なども見つけられるのではないか。

国会議員の体たらくを非難し政治に無関心になるのはたやすい。それよりも将来の日本を背負って立つ人材を小中学生の教育段階からしっかり養成していくことだ。そのためには中身の濃い授業のできる優れた教員の人材確保・育成も待ったなしの状況である。

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by wp636 | 2017-07-29 08:30 | 日常生活 | Comments(0)

もともとキャンペーンガール出身でタレントだった蓮舫さんにしてみれば、政治家に転身して政党の党首になることなんて考えもしなかったことでしょう。

彼女は台湾人の父と日本人の母を持つ二重国籍者でした。たしか日本に生まれ、外国籍を持つものを親に持つ場合、22歳までにどちらかの国籍を選択しなければなりませんが、それを怠ってきたようです。恐らく意図的にでしょう。

自分はドイツに住んでいますが、二重国籍が認められるなら絶対保持しようと思います。それが普通の感覚でしょう。どちらの国籍も保持できるなら得なように思いませんか?まして一度単一国籍を選択したら元に戻せないと知ったらなおのこと、触れず語らずに黙っていようと。
蓮舫さんにしてみれば、まさかタレントが政治家に転出するなんて考えもしなかったでしょうから、自分の二重国籍が政治家としての生命を危うくするなんて思いも寄らなかったのでしょう。

ただ、さすがに国会議員になり、政党の党首すなわち内閣総理大臣になる可能性のある人物となるとうやむやにはできないです。
残念ながら次の選挙に当選できるかも微妙になってしまいましたね。

ドイツの統計では外国人率が7%といいますが、ドイツで生まれてドイツ籍を持っている人はこの統計に含まれていないと考えられます。
たったの7%の外国人だなんて、とても思えないです。もっといますよ!
ドイツでもこの二重国籍問題はテレビなどで度々取り上げられています。現在私の住む住宅の大家さんはトルコ人ですが、どうもトルコでは二重国籍がOKらしいのです。驚きました。旦那さんも奥さんもドイツに住んで20年以上になりますが、二人いる娘さんはドイツ語の方が母語のような感じ。恐らく彼女たちが二重国籍者なのでしょう。

蓮舫党首の件をきっかけに、日本でも二重国籍の問題について深く討議した方がよいです。この先日本に入ってくる外国人の数は増える一方だと考えられるからです。
私は個人的には蓮舫党首を非難しようとは思いません。ただこの手の問題は実際に何らかのスキャンダルが出ないと議論の対象にならないのが事実。良いきっかけになったのではないでしょうか?


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by wp636 | 2017-07-28 07:23 | 日常生活 | Comments(0)

今、ひとりで会計を全部回すことに決まり、「これではまとまった休みを取ることもできませんね」「二週間の連続休暇を取って日本に帰るなんて無理ですね」と現地社長に言うと、返答ができないというありさまです。
日本人にとって一番大切なのは自分の時間でも家族でもなく、仕事です。

よくドラマで「仕事に明け暮れてきたので、子どもに目が向かなかった」というサラリーマン父さんの告白などを耳にしますが、これはドイツではまず理解されないでしょうね。「仕事が忙しいのは分かる。でも家族よりも仕事が大切なの???そんなことあり得るの?奥さんや子どもたちは文句を言わないの?」って感じでしょう。

私はドイツの会社に働いています。でも日本の本社社長は「彼は日本人だから日本の働き方をしろよ」と思われているようで、そこが大変不満なのです。
ドイツに来て、ドイツの会社に働いてみると、日本人の働き方がいかに仕事最優先主義であるか分かります。
そして一度ドイツ人の働き方を知ると、日本の会社で自分が当然のようにやってきたサービス残業とか連日の超過勤務というのができなくなります。

それに一番不満なのは、自分の生き甲斐である個人レッスンにも支障をきたしかねないという点です。
勤務時間以外の時間は私のものです。そこにまで会社に干渉されたくないです。

早いところ事業を独立化させて、自分の思い描くレッスンを思う存分やりたいです。

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by wp636 | 2017-07-24 08:22 | 日常生活 | Comments(0)

先ほど日本のニュースを読んでいたところ、北海道が猛暑で大変なことになっているという。
もともと冬が長く夏は過ごしやすい土地柄なので、エアコンの普及率が全国平均の3分の1以下だとか。
校庭で体育の授業をしたり、放課後の部活動に支障がきたすなら理解できるけれど、どうやら教室にいて授業を聞いているだけで熱中症になる生徒もいるのだとか。

そう聞くと、「夏休みの季節なのだから授業をしなければいいのでは?」と言いたくなる。
でも学校には授業をすべき期間の定めがあり、それは全国画一的に決められたお約束なので、勝手に北海道だけ授業を止めるわけにはいかないのだろう。
でも日本は南北に長い季節感多様な国。だからこそ冬対策に重点の置かれるこの地域にはエアコンは普及していないのでは?
ならば、土地柄に応じて授業期間を例外的に変更すればよいのに・・・
例えば冬休みはクリスマスと大晦日、そして三賀日だけにして夏休みを増やすとか。秋休みは今年は返上するとか。

ドイツの会計事務所に勤務していた頃のお話し。
上司・同僚と日本の学生たちの夏休みの過ごし方をテーマに話しました。
日本では夏休みに「待ってました!」とばかりに学習塾が講習会を開くので、本当の休みになっていないと現状を伝えると、「それは夏休みって言わないでしょ!」と猛烈に反発されました。
「ではドイツの学生、特に小中学生は夏休みをどう過ごしているのか?」と尋ねてみると、「夏休みなのだから勉強から解放されて、さまざまなアクティビティーに精を出すのだ」そうだ。
例えば、私の当時の上司(女性)は息子2人を授かったけれど、長男が中学生に上がったのを機にお父さんが一念発起。
なんとフランクフルトから二人自転車を漕いでフランス・アルザス地方を経て、遠くスイスまで2週間の旅をしたという。
なんと素晴らしい体験!

旅行中、毎日お父さんが携帯電話で現在地を奥様に報告して無事を知らせていたのだとか。素敵な夫婦愛、羨ましいほどの親子愛!
遊び惚けているわけではないけれど、これぞ夏休みの過ごし方・夏休みにしかできないことをやっていると思って感心しました。

個人レッスンのお仕事をしていますが、夏休みも宿題でがんじがらめにしたいとは思いません(受験生は話が別ですが)。夏休みを取ってご家族で旅行するなど、海外生活中にしかできないことは思う存分やったほうが良いと考えています。それはレッスンが少なくなるので収入的には響きますが、何が一番大切なことか常に考える必要があると思います。
海外駐在中に家族で旅行できる機会なんてそうそうありませんから。

休みとは休むから休みという。ドイツ人のシンプルな発想には、ときどき頭を叩かれるような衝撃を受けることがあります。
「言われてみればそうだよな」って深く頷いてしまうような。

最後に上司や同僚の言った以下の言葉が忘れられません。
「夏休みの期間中も休むことなく勉強するという考え方もあるけれど、しっかり休むべき時に休んで、リフレッシュして秋から新たに勉強に打ち込めるという側面も見逃してほしくないわ。大体、夏の暑いときは勉強しても効率が悪いから夏休みにしているのでなかったの?日本人の考え方は効率的とは言えないわね」ですと!?
厳しいご指摘で。

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by wp636 | 2017-07-15 18:54 | 日常生活 | Comments(0)

ドイツにやって来た当時、「ドイツってなんて住み易いんだろうか」と感動しました。
携帯電話が普及していても、きちんと町中に公衆電話もあったし、労働者の権利も強いし、と良いことが日本よりも多いと感心したものです。
生活水準が日本よりも高いとその当時は感じました。

しかし今の私の見解は違います。
この国はいつか見た姿という風に思うようになりました。そう、日本が10年前に歩んできた道の途中にあると。

ドイツ人は極端です。決まったことに一気に進んでいくところがあります。
原発廃止を決めたことなど、日本では選べないことをやってのけてしまうという点においては、正直に「凄い国」と思います。でも極端にも感じます。
それが携帯電話の普及と町中からの公衆電話の撤去でした。日本よりもかつては多かった公衆電話があっという間に消え失せました。
携帯電話が故障しても公衆電話を見つけることはできません。
日本に一時帰国したのは2年前。この時「日本って携帯電話やスマートフォンが普及しても、公衆電話はある所にはあるな」と思いました。
あれ?10年前に自分がドイツで感じたことの逆じゃないのかと思い出し、苦笑いしました。

労働者の権利について。日本では私が大学2年生の時に派遣業務が道を開かれました。あれから20年の時を経て、非正規労働者の割合がグンッと増え、正規社員との所得格差が拡大。格差社会が日本で現実のものとなり、社会問題化しました。
それから10年遅れて、ドイツでも人材派遣会社を通じた職探しが一般的な姿となりました。日本のハローワークに当たるBundesagentur für ArbeitのJobbörseという職探しポータルサイトを開いても、直接雇用主が新規従業員を探している募集広告を見ることはほとんどできません。恐らく全体の2%程度でしょう。大手企業のSiemensやMercedesなどは、会社が直接社員を採用するのを辞めました。もはや人材派遣会社経由でないと、この手の企業への職探しはできないのです。当然、給料は低く抑えられます(役職の高い、高度な職歴やスキルを持つ人のいわゆるエグゼクティブ採用はまた別)。

そして地方の過疎化の問題。
日本でも人口減少局面に陥り、消滅可能性都市と呼ばれる市町村が全国に800超えると言われて大変衝撃的なニュースとして伝えられました。危機意識の高まりから、本気になって地域のために立ち上がるリーダーたちが出現し始めています。
今までのバラまき行政ではだめだとの視点に立ち、民間の力を活用して革新的な町づくりに取り組んでいる市町村も出始めました。
しかし手立てを講じるのがかなり遅かったと言わざるを得ません。今度破たんする市町村が出てくる可能性は大いにあります。
そして今ドイツの小さな町を眺めてみると、この先10年後には大変なことになっているな、と感じるのです。
本当に消滅してしまうのではないか?との不安に駆られます。
ドイツと言えば美しい町並みと言われますが、建て替えはおろかまともなメンテナンスもできなくなる町が今後たくさん出てくると思います。それを思うと胸が痛みます。荒廃した町に安い家賃を求めて外国人が大量に流入し、雰囲気が一変。
もはや訪れる価値もないような詰まらない・汚い町並みに堕ちていくのです。

ニュースで伝えられる「ドイツは外国人と融和して異文化立国に成功している」なんて姿は嘘です。ドイツ人とイスラム系住民の交わりはほぼ皆無。そこにアフリカからの難民の流入で加速度的に荒廃化が進んでいます。
ドイツに受け入れられ、そこで就職し、そこに暮らしている私はドイツが好きですし感謝もしています。その感謝の気持ちを社会保険料と所得税の納税でお返ししています。
が、ドイツの現状を見ていると大変心配であり、大きな将来への不安を抱かざるを得ません。

今日、ドイツの生んだ偉人・レントゲンの生まれた町に行ってきました。旧市街は美しく素晴らしい町並みでしたが、空き家・店舗があちらこちらに見られました。そこにTatoo屋さんやらゲーセンなどが蔓延り始めていました。
今はまだギリギリ美しい町並みを残している、そんな風に私の目には映りました。お洒落なレストランなどもありましたが、客層はほぼシニア。この世代がこの世を去ったらどうなるか?想像するのは怖いです。
この町が「日本がいつか通った道」を進まないよう祈るような気持ちです。

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by wp636 | 2017-07-03 07:25 | 日常生活 | Comments(0)

フランクフルトに住んでいた頃、すっかり忘れてしまったドイツの文化とは、出会った人に挨拶すること。

尤も70万人が住んでいる町で、出会う人出会う人に挨拶していたら100mも進めませんけれど。

そんなフランクフルト暮らしが板についた頃、Franken地方を一人旅しました。ドイツにある様々な大学を訪れてみたかったからです。

そしてFrankenにあるWürzburg大、FH-WürzburgBayreuth大、Bamberg大、Erlangen-Nürnberg大、TH-Nürnbergと見て回ったのですが、Bayreuth滞在中、ホテル近くを散策していると「Grüß Gott!」と声を掛けられた気がしました。

こんなところでよそ者のアジアンに声を掛けてくる人もあるまいと思ったものの、何となく周囲を見回してみると一人の男の子が私を見つめていました。

で、その瞬間に思い出したのです。ドイツの田舎に行くと誰彼かまわず挨拶を交わす文化のあることを。

そこで彼に話しかけてみました。

私「私に挨拶してくれたんだよね?」

少年「うん」

私「何をしているの?」

少年「自転車に乗る練習」

ってな具合でちょっと会話してお別れしました。「嗚呼、Frankenっていいな。やっぱりこの牧歌的な感じが好きだな」と妙に納得して一人で笑ってしまいました。一日中心が温かいまま過ごすことができました。

またドイツに初めて留学した時のこと。滞在先はRegensburgでしたが、ここの人も朝早い時間にバス停で待っていると、とにかく挨拶から始まるという感じでした。それが外国人であろうが地元民であろうがお構いなし。そこがよかった。

そして今、北ドイツの町に住んでいますが、先日天気が良かったので会社の裏にある公園で昼食を摂っていた時のこと。

食べるのに夢中になっていたら「Hallo」と声を掛けられました。今、この公園で昼ご飯を食べているのも、ベンチに腰掛けているのも自分一人だけ。当然私に挨拶してきたのは明白でした。

この小学4年生くらいの女の子と挨拶を交わした時に、Bayreuthの、そしてRegensburgの記憶が蘇ってきました。

今も大都市を離れれば、ドイツの古き良き習慣は生きていると実感できました。

こういう素晴らしい習慣がどうか未来永劫続いてほしいと思います。

フランクフルトを離れて、ようやくドイツっぽい生活を送れるようになった、本物のドイツの文化に触れられるようになったと思っています。ベルリンもハンブルクもミュンヒェンもフランクフルトも、そしてデュッセルドルフも、それぞれに味わいがあります。それは認めます。

でも私は、ドイツを語るにはドイツの大都市を離れた方がいろいろなことが見えると思っています。

なぜかというと、大都市圏にはたくさんの外国人が住んでおり、もはや多文化・異文化社会が構築されているからです。

ドイツっぽいものを見たいなら・体感したいなら、人口10万人以下の町に行くのがお勧めです。

物の溢れた日本社会とは対極にある、「無いことを受け入れる暮らし」がそこにあると思います。

私はドイツでようやく手に入れた田舎暮らし、とっても気に入っています。


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by wp636 | 2017-06-27 05:41 | 日常生活 | Comments(0)

マクドナルドの迷走地図

昨日近所を散歩していて見つけたのが掲示の看板。
どうやらマクドナルドがすっかり地に落ちた企業イメージを回復しようとして掲示している広告のようです。

なんて書いてあるかというと、『キスするだけで妊娠する』" Küssen macht Schwanger."
こんな馬鹿げた噂に振り回されないで!』(マクドナルドのパテにはミミズが入っているとか、犬の肉が混じっているとか、地べたに落とした肉も拾って再利用しているとか、そういう諸々の噂に惑わされないで!)
ってことらしい。

そういえば先日別のマクドナルドの看板広告には『ドイツにはBielefeldなんて町ってのは存在しない』
なんて間違った情報に振り回されないで!って書いてありました。
Bielefeld住民から文句が来ないのかしら?

自分が子どもの時分、マクドナルドは高価な食べ物でした。家族でマックを頬張るなんてとっても幸せで、ちょっぴりゴージャスな感じがしたものでした。私が中学生の時分にはハンバーガーが1個240円まで値上がりしたこともありました。
昔はお父さんと子どもが一緒にビッグマックを頬張り、お父さんが子どもに「お前もビッグマックが一人で食べられるくらい成長したんだな、偉いぞ!」ってなCMもありましたね。
ところがバブル崩壊後の景気低迷とデフレに陥ると1個55円まで価格が下落。マックとはホームレスが毎日食べるものとまで言われていたっけ?
そのあたりからか、マックのハンバーガーって味が変わったように思うのです。

この疑問をレッスン後の雑談で話題にすると、ドイツ語のレッスンをしていた生徒さんから驚くべきお話を聞きました。
なんとマックのバンズ、パテ、チーズやソースなどを組み合わせると複雑な化学反応を口の中で起こすようで、これらのパーツを一緒くたに咀嚼するとマックの味になると。だから一個一個のパーツをバラバラに食べるとまったく美味しくないのだとか。要するにコカ・コーラ・ゼロの食べ物版。

ドイツに渡ってからもたまぁにマックが食べたくなって、一人小銭を持って近所のマックに食べに行っていたのですが、食後に何か満足感が得られないというか、何か物足りない感がずっと残っていたんです。
その原因がマックの味の変化(使用している食材の変化)によるものだと指摘されて、私には思い当たる節があっただけに大いにショックを受けました。
その興味深いお話を伺って以来、マクドナルドに一度も行っていません。

さてこのブログを読んだ方は、私の主張に「そういえば、マックの味一昔前とちょっと違うような気がするな」と思い当たりましたか?
それともマックが広告で訴えているように「嘘っぱちだ、マックを貶める作り話だ」と思いますか?

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by wp636 | 2017-05-21 06:56 | 日常生活 | Comments(0)