以前から何度も何度も考えつつもなかなか実行に移せなかったこと、それはドイツ語レッスンのオリジナルテキストを作成すること。
ようやく重い腰を上げて作成に乗り出しました。

 初級者用のドイツ語教材はたくさんあるのですが、段階を経てレベルの高いものまでとなると適当なものが見つからないという現状があります。昔に比べてドイツ語の第二外国語としての地位が相対的に低くなったからでしょう。
ですので、まずは初級用のテキストを完成させて、その内容に肉付けする形で中級・上級用と執筆できればベストではないかと考えています。

 テキストを持たずして、これまでドイツ語のレッスンをどういう風に行ってきたのか?
まずレッスンの前にどの単元を学習するか決め、その内容とレッスン時間を考慮して具体的なレッスンのイメージを頭に描きます。毎日の通勤時、行きと帰りに15分程度歩かなければならないので(相当田舎に住んでいることがお分かりいただけるかと思います)、その時にイメージトレーニングのような形でレッスンを頭で行います。
 面白いことに、こうしたイメージレッスンの時にこそ「こんなことを話してあげたらもっと興味を持ってもらえるかな」とか「レッスンの最後の締めくくりはこの話でオチをつけよう!」といったアイディアがひらめくのです。
 しかし実際のレッスンは自分の思い描いたものには必ずしもなりません。勉強熱心な生徒さんからは、いきなり想定外の質問が多く寄せられるからです。ドイツ語レッスン講師、特にドイツ人の先生に多いですが、この手の質問を遮る人がいます。中には怒り出す人も。。。恐らく自分の思い描いた学習手順を、そのとおり進めるのが一番効率的だと信じているタイプに多いと思うのですが。
私は生徒さんが興味のあることをキッカケに話を進める方が生徒さんの頭に残ると考えています。だから脱線大歓迎!です。時に、興味深い質問から「このテーマについて話してあげると、より一層学習が深まるはずだ」と気づかされることもあります。
 レッスンをやっていて思うのは、良いレッスンを作り上げるのは講師の努力によるところが大きいけれど、最高に有意義なレッスンというのは講師と生徒さんと両方で作り上げていくものだ、ということです。
講師が必至で説明しても生徒さんが乗ってきてくれなければ面白いレッスンにならないですし、かといって生徒さんがやる気でも講師がこれに応えられなければつまらないレッスンになってしまう。双方が同じ方向に向かってベストなレッスンを作り上げた時、これまでにない満足度の高いものになるのだと思います。

 今取り組んでいるオリジナルテキストが、ベストなレッスンに繋がる第一歩となれば最高に嬉しいですね。

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# by wp636 | 2017-05-06 00:00 | ドイツ語 | Comments(0)

 タイトルにあるとおり、例えばお子さんが学校の算数のテストで90点を取って帰ってきたらどう言葉を掛けてあげますか?

 何気ない問いかけですが、お子さんの可能性を伸ばせるか否かのとても重要な投げかけです。
これまで進学塾で専任講師を務めたこともありますが、実にさまざまな保護者の方々を見てきました。
お子さんがテストで90点を取るということ自体、私は素晴らしいことだと思うのですが、実はストレートにこの結果を褒める方ばかりではありません。以下に考えられる言葉を挙げていきましょう。

1)無条件に褒める
問題が易しかったか否かとか、クラスの平均点がどうだったかなどは一切聞かずに「よくやったわね」「凄いじゃない!」と言って褒めてあげる。

2)褒めるは褒めるが一言加える
「あなたよりも出来た子がいるの?」とか「クラスの平均点は何点だったの?」とか、はたまた「結構易しい問題ばかりだったんじゃないの?」など、「凄いわねえ」と一旦は褒めたものの、その後にいろいろと尋ねてしまう、あるいは周囲と比較してどういう結果だったのか把握しようとしてしまうパターン。

3)できなかった10点のことを問い質す。
これは自分に厳しい保護者さんに多い反応のように思います。問題をサッと眺めて、間違えたところに「これは計算ミスだね。ここが取れれば100点だったんじゃないか?」と完璧を求める言い方です。

 わが子を無条件で褒めるということは、できそうでいてなかなかできません。照れもあるかもしれないですし、甘やかすのは良くないと考える方もいらっしゃるかもしれませんね。
でも私は、子どもの時分は無条件に褒めてあげることがとても大切だと考えています。どんな子どもであれ、親に褒めてもらいたいに決まっています。親に喜んでもらいたいと思っているはずです。
だからクラスの平均点だとか、問題の難易度など問うことなく、90点という素晴らしい点数を褒めてあげるべきです。
そうすることで、「次回のテストもやってやるぞ!」と子どもは思うのです。子どもは本来そうした素直な存在です。

2)の褒めるは褒めるが一言加える、は1)と大した差がないように思われがちです。しかしせっかく褒めたことによる高揚感・満足感が、付け加えられた一言で大きく減じられてしまう可能性があります。
子どもに注意点を述べる場合、「一つの指摘に対して10褒めよ」という言葉があるくらいです。子どもは素直なだけに、褒めた後の注意点に対しても素直にがっくりきてしまうことがあると肝に銘じておきたいですね。

3)この対応は塾時代、何度も目にしてきました。
残念ながら、そうした子どもは「どうせ頑張っても褒めてもらえない」「満点以外はどれも変わりがない」という風に自己肯定感の極めて低い子になってしまいがちです。
勉強は修行ではありません。本来、学ぶということは知る喜びを体験することであり、決して難行苦行に堪えるような性格のものではないはずです。
小さな頃から事あるごとに「なぜこんな簡単な問題で取りこぼしするんだ」とか「クラスの平均点が85点ならば100点くらい取って当たり前だ」などと言われては、子どもも委縮する一方です。

 お子さんが中学受験をする場合、小学4年生くらいから学習を始めると、これは大変な長丁場です。時に「もっとしっかりやって!」と思うことも、「なぜ点数が伸びないのかしら?」とヤキモキすることもあるでしょう。
ですが、子どもはいつだって親の期待に応えたいと思っていますし、また褒めてほしいと思っているのです。
だから良い点数を取ってきたら無条件に褒めてあげてください。多少照れがあっても尚です。


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# by wp636 | 2017-05-04 05:53 | 子育て | Comments(0)

受験する生徒さんにとっても、また保護者の方にとっても悩ましいのは、「果たして志望校のレベルは高めに設定した方が良いのか?はたまた自分の学力に見合ったところで、将来的に落ちこぼれるリスクを下げた方が賢明なのか?」ということではないでしょうか。

たしかに自分の学力以上の学校に狙いをつけ、仮にビリで入学してもレベルの高い学校の質の高い教育を受ける方が良いという考え方には説得力があります。また本人のレベルに合った学校に進んで、その学校でトップを狙うという戦略もあります。
一つの面白い例を挙げてお話ししましょう。

私は高校時代、3大予備校の一つに通っていました。レベル分け試験用に必死に対策を練ったので、嬉しいことに一番上のクラスに参加することができました。
最初の講義の際、たしか国語だったと思いますが、クラスにいる生徒たちの学生服、セーラー服を見て委縮しました。県下のトップ校の生徒ばかりだったからです。例えば、栄光学園、聖光学院、フェリス女学院、県立湘南、県立翠嵐、浅野、関東学院附属、横浜共立などなど。
でも私はもともと無名校の生徒、「誰も私の学ランを見ても学校名なんか分かるわけない」と開き直って授業に必死で食らいついていました。

さて上記掲載の学校の一つ、超有名校の生徒の中にもとっても頭の良い生徒と学校では最下位に近い位置にいる生徒とが一緒に学んでいることを知りました。
講義の合間の休憩時間、「K、お前馬鹿だもんな」なんて信じられないようなからかい言葉が飛び交っていたからです。どうもKくんはこの学校に入学した当初から勉強についていくのが大変だった様子。志望校を高めに設定してチャレンジした生徒さんだったのでしょう。
たしかに学校では最下位に近い順位に甘んじているかもしれません。しかし腐っても〇〇でしょ?私は彼を馬鹿にするからかいに耳を疑いましたね。最下位の生徒でも予備校ではトップクラスにいるわけですよ。

この学校のトップの生徒は講義中、予備校の講師(国語の神様と当時呼ばれた名物講師)から名前を呼ばれ「君が〇〇くんか。もう君は国語の勉強しないでいいよ。君の学力は既にこのクラスのレベルを超えているから、僕にはもう教えることがない。数学とか英語とか、もっと他の教科を学んだ方がいいよ。」と言われていました。これには正直飛び上がるくらいビックリしましたね。なぜなら私たちはその時高校一年生だったからです。
すると周囲に陣取っていた彼のクラスメイトが答えました。「彼は数学も英語も校内一番です。」と。こいつにもビックリしました。県下No1.と言われた学校のトップは国語・数学・英語すべての教科で校内1番だったからです。

このトップ君は東大模試に成績優秀者で名前が載る常連で、結果的に現役で東大法学部に進学しました。
ま、ここまではよいのです。問題はクラスメイト達にいじられ、馬鹿にされていたKくんのほうです。

Kくんは周囲に「馬鹿だ」とからかわれても決して諦めていない感じでした。「自分はたしかにこの学校では成績が下位だ。でもこの優秀な連中に必死に食い下がっていればきっと志望校に合格できる」と思っているように見えました。何故そう思ったかというと、周囲の賢い生徒たちも決してKくんを本気で馬鹿にしていない・虐めていない様子で、むしろ必死に食い下がってくる彼に感心しているような雰囲気すら感じていたからです。彼の志望校は都内の国立大学。なぜ知っているかというと、私もその学校を狙っていたからです。模試でも顔を合わせましたから。

結果的にどうなったと思いますか?
私はこの国立大学の受験に失敗し、慶應に進学しました。彼は自分の夢にこだわって一年浪人しました。そして一年後、第一志望校に見事合格したと友人を介して聞きました。
背伸びして超有名校に進学したことは、彼にとっては大いなる財産になったのです。

では志望校は高くに設定するのが絶対的に正しいかといえば、そうではないでしょう。
やはりその生徒さんの気質、ものの捉え方にかかっているように思います。圧倒的に優秀な周囲の生徒に気圧されていじけてしまうようなら、志望校をできうる限り高めるのは得策ではないでしょう。

インターネット上ではたくさんの学校情報、OBからの評価などが溢れています。でもいくら客観的に評価しても、進学先がその生徒さんにとってベストか否かはその個人によるという側面を見落としてはいけません。

厳しい環境にあっても逆境をバネに能力を伸ばしていける性格の生徒さんなら、私は迷わず高い志望校設定を勧めます。やはり伝統ある進学校には新参者にはない素晴らしい学校の歴史の重みがあり、生徒の自尊心などが自然に育ちますし、人脈ネットワークという意味でもとても価値があります。

また志望校のレベルを多少下げても、進学先で自分のペースを守って学校のトップを狙い、推薦制度などで自分の進学先を幅広く選べるような学生生活を送る生徒さんもいます。

最後に、学校選びはインターネット上の評価などに頼り過ぎず、あくまでお子さん一人ひとりの性格をよく見極めて決めてほしいと思います。

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# by wp636 | 2017-05-02 01:22 | 受験 | Comments(0)

 ドイツに留学したての頃、単語量も少なくて何もかもが新しい発見という毎日を過ごしていました。もう10年以上も昔のお話です。
スーパーマーケットや本屋さんを探すのにも一苦労。そんなサバイバルな生活を送っていたある日、「そうか!ドイツって国は通りの名前を覚えると目的地に辿り着けるのだ」とようやく気付いたのです。

 すると結構面白い通りの名前、有名人にちなんだ通りの名前に出くわす機会があり町歩きが楽しくなってきました。
大きな都市にはどこかで聞いた通りの名前が、共通して存在することも発見しました。コンラード・アデナウアー通りやウィリー・ブラント通りなど。

 ドイツ留学した時点ではA2レベルしかなかったので、とにかく分からないことだらけ。そんな自分が不思議に思っていたのは「ドイツにはやたらとEinbahnstraßeって通りがあるもんだ」ということ。
私は自家用車に乗った経験がないので、車に乗るときのルールなどにも疎かったのです。

 どんなドイツ語初心者でも、車に乗る人ならこんな簡単なことご存知だと思います。そう、Einbahnstraßeってのは「一方通行」のことです。Kompositum(合成語)のことを学んで、ようやくこの単語が「一方通行」を表すことに気付いたのです。
だから今でもEinbahnstraßeの標識看板を見ると苦笑いしてしまいます。そこら中にあるので笑い続けないといけないのですが…

 こんな低レベルから出発した私ですが、その後とある語学学校で「文法マシーン」と呼ばれるようになったのだから大した出世ですね。
散歩のときに目に入る看板などからでもドイツ語の勉強はできます。今振り返って思うのは、やはり語学は止めてはいけないってこと。
ほんの少しでもいいですから、毎日コツコツ続けることが大切だと改めて思います。
継続は力なり、ですね。

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# by wp636 | 2017-04-28 04:42 | ドイツ語 | Comments(0)

 若い頃、記憶力には自信がありました。
小学校の漢字のテストなどでは、前日に問題集を眺めるだけでほとんど書けてしまう感じでした。

 その暗記力は中学生になってから社会科の学習に役立ちました。もともとがオール3のような地味な男の子だった私が、ひょんなことから社会科の勉強、特に歴史の勉強に夢中になったのです。
今では生徒さんに語呂合わせを提示して暗記してもらっていますが、当時はとにかく片っ端から暗記していました。
 社会科の成績が伸びると、お次は数学が楽しくなってきました。暗記力が役に立つことを知ったからです。
数学=暗記??と疑問に思う方もいらっしゃるでしょうが、実は数学は「解法を暗記する学問」と言い換えることもできます。
「暗記に頼らず頭を柔軟にして問題に向かえ」という指導者の方もいらっしゃるでしょう。ですが、数学が先天的に良くできる人ならともかくも、後天的に伸ばそうとした時には重要な問題・キーとなる解法を暗記するのは極めて重要です。私は解法の暗記により様々な問題に対する手持ちのカードが増えるにつれて成績が上がっていきました。完璧に分からないものは「こういうものなのだ」「とりあえずこれはこうしておこう」という多少強引な暗記で済ませていました。それでも高校3年生のとき、旺文社の全国模試・数学で成績優秀者になり記念の盾をもらいました。天才じゃなくてもこれくらいのところまでは辿り着けるのです。

 面白いことに、大学入試が終わって家庭教師を始めてから、自分が暗記で乗り越えていた問題が理解できましたし、もっとクリアに数学というものを理解できるようになりました。
この経験から、現時点で多少分からなくても諦めずに先に進めていくと、その先の学習によって得た知識から過去の不明確だったことがらが解消されることを学んだのです。

 今の世の中、すぐに答えが出ることが求められがちで、なんでもその場ですぐ答えを出さねばならないという風潮にあります。
でも学生の間は、とにかく途中で諦めずに学習を進めていってほしいと思います。必ずやブレークスルーの瞬間がやってきますから。

 講師には生徒が途中で投げ出さないよう、レッスンを工夫することが求められます。現時点ではパーフェクトな理解でなくても、学習を進めることで少しずつ自分の能力が上がっていくことが体感できるようなレッスン、これが私の目指すものです。

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# by wp636 | 2017-04-26 05:05 | 解法のコツ | Comments(0)