私のレッスンはスカイプを用いたものですので、講師の人物像がなかなか見えない部分があります。

「しっかり教えてくれるのかしら?」
「任せて安心か?」
「信頼の置ける人物か?」

といった疑問を抱かれたとしても仕方ありません。

しかしレッスン中にホワイトボードに書き込んだ内容は、すべて写真に収めてメールで配信しています。
個人レッスンを始めた当初は、生徒さんがこの板書を書き写すことで復習になる、と考えていたのですが、意外な副産物も生まれました。
それは講義写真を見れば、保護者の方にも「今日は講義で何を教えたのか」が一目瞭然に伝わるということです。

家庭教師時代にも感じていたことですが、生徒さん宅に伺い個室に籠ってレッスンをすると、「一体、今日のレッスンでは何を解説したのか」が伝わらないことがありました。
ところが講義写真を添付すれば、レッスン内容が“見える化”するのです。これは本当に優れものだと思います。

現在も複数の生徒さんに数学や国語、英語などレッスンしていますが、ある保護者の方からは「先生にすべて任せます。」と言われています。
これ以上嬉しい言葉はありません。信頼されている証ですから。

インターネットを用いたレッスンといいますと、とかくコミュニケーションの浅い無味乾燥なものを連想されがちです。しかし私自身はアナログな人間なので、今後も人間同士の密な関係を生徒さんや保護者の方と構築・維持しながらレッスンに励んでいこうと考えています。

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# by wp636 | 2017-07-07 04:38 | レッスン | Comments(0)

ドイツにやって来た当時、「ドイツってなんて住み易いんだろうか」と感動しました。
携帯電話が普及していても、きちんと町中に公衆電話もあったし、労働者の権利も強いし、と良いことが日本よりも多いと感心したものです。
生活水準が日本よりも高いとその当時は感じました。

しかし今の私の見解は違います。
この国はいつか見た姿という風に思うようになりました。そう、日本が10年前に歩んできた道の途中にあると。

ドイツ人は極端です。決まったことに一気に進んでいくところがあります。
原発廃止を決めたことなど、日本では選べないことをやってのけてしまうという点においては、正直に「凄い国」と思います。でも極端にも感じます。
それが携帯電話の普及と町中からの公衆電話の撤去でした。日本よりもかつては多かった公衆電話があっという間に消え失せました。
携帯電話が故障しても公衆電話を見つけることはできません。
日本に一時帰国したのは2年前。この時「日本って携帯電話やスマートフォンが普及しても、公衆電話はある所にはあるな」と思いました。
あれ?10年前に自分がドイツで感じたことの逆じゃないのかと思い出し、苦笑いしました。

労働者の権利について。日本では私が大学2年生の時に派遣業務が道を開かれました。あれから20年の時を経て、非正規労働者の割合がグンッと増え、正規社員との所得格差が拡大。格差社会が日本で現実のものとなり、社会問題化しました。
それから10年遅れて、ドイツでも人材派遣会社を通じた職探しが一般的な姿となりました。日本のハローワークに当たるBundesagentur für ArbeitのJobbörseという職探しポータルサイトを開いても、直接雇用主が新規従業員を探している募集広告を見ることはほとんどできません。恐らく全体の2%程度でしょう。大手企業のSiemensやMercedesなどは、会社が直接社員を採用するのを辞めました。もはや人材派遣会社経由でないと、この手の企業への職探しはできないのです。当然、給料は低く抑えられます(役職の高い、高度な職歴やスキルを持つ人のいわゆるエグゼクティブ採用はまた別)。

そして地方の過疎化の問題。
日本でも人口減少局面に陥り、消滅可能性都市と呼ばれる市町村が全国に800超えると言われて大変衝撃的なニュースとして伝えられました。危機意識の高まりから、本気になって地域のために立ち上がるリーダーたちが出現し始めています。
今までのバラまき行政ではだめだとの視点に立ち、民間の力を活用して革新的な町づくりに取り組んでいる市町村も出始めました。
しかし手立てを講じるのがかなり遅かったと言わざるを得ません。今度破たんする市町村が出てくる可能性は大いにあります。
そして今ドイツの小さな町を眺めてみると、この先10年後には大変なことになっているな、と感じるのです。
本当に消滅してしまうのではないか?との不安に駆られます。
ドイツと言えば美しい町並みと言われますが、建て替えはおろかまともなメンテナンスもできなくなる町が今後たくさん出てくると思います。それを思うと胸が痛みます。荒廃した町に安い家賃を求めて外国人が大量に流入し、雰囲気が一変。
もはや訪れる価値もないような詰まらない・汚い町並みに堕ちていくのです。

ニュースで伝えられる「ドイツは外国人と融和して異文化立国に成功している」なんて姿は嘘です。ドイツ人とイスラム系住民の交わりはほぼ皆無。そこにアフリカからの難民の流入で加速度的に荒廃化が進んでいます。
ドイツに受け入れられ、そこで就職し、そこに暮らしている私はドイツが好きですし感謝もしています。その感謝の気持ちを社会保険料と所得税の納税でお返ししています。
が、ドイツの現状を見ていると大変心配であり、大きな将来への不安を抱かざるを得ません。

今日、ドイツの生んだ偉人・レントゲンの生まれた町に行ってきました。旧市街は美しく素晴らしい町並みでしたが、空き家・店舗があちらこちらに見られました。そこにTatoo屋さんやらゲーセンなどが蔓延り始めていました。
今はまだギリギリ美しい町並みを残している、そんな風に私の目には映りました。お洒落なレストランなどもありましたが、客層はほぼシニア。この世代がこの世を去ったらどうなるか?想像するのは怖いです。
この町が「日本がいつか通った道」を進まないよう祈るような気持ちです。

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# by wp636 | 2017-07-03 07:25 | 日常生活 | Comments(0)

ドイツ語の単語量を増やすにはどうしたらよいのか?

これは語学学習者ならばだれしもぶつかったことのある壁ではないでしょうか。
特効薬になるかどうかはさておき、自分の経験から言えることとして以下のものを挙げておきます。

1)一つの動詞などから他の品詞への変化を通じて語彙を増やす。
例えば、studierenという「大学で学ぶ」という動詞から、das Studiumという「大学での勉学」という中性名詞も覚えてしまうというやり方。同じ意味合いで品詞違いという接点の濃さを利用して単語量を増やすわけです。

2)反対語も調べて語彙を増やす。
例えば、die Arktis「北極」という単語を始めて知った暁には、反対語の「南極」die Antarktisも覚えてしまおうというやり方です。
反対語という接点で丸ごと2つの単語を覚えてしまうという欲張りな学習方法。このやり方を用いると、特に形容詞の語彙を連鎖的に増やすことができます。例えば、hell「明るい」⇔dunkel「暗い」、hoch「位置が高い」⇔niedrig「位置が低い」、jung「若い」⇔alt「年老いた」など。

3)読解問題から単語を拾う。
これは長文読解問題などを解き終えたらその問題を片付けてしまうのではなく、文中に出てきた気になる単語を拾い集めて語彙増強に役立てるというもの。読解問題の文意って意外と覚えているものなのです。そこに関連付けて単語を覚えていくと忘れにくいのです。

以上3つの方法、ちょっと試してみてください。

それと単語の学習の際、特に名詞の学習の際には、単に意味だけでなく名詞の性(男性・女性・中性)と複数形も一緒に覚えるようにしましょう。二度手間を避けることができますし、名詞の性別や複数形の覚え方にはパターンが決まっているものがあるので、そのパターンを頭に入れて効率よく、しかも正しく名詞を覚えていくよう心がけましょう。
例えば、語尾が-ungとくれば女性名詞ですし、この手の名詞の複数形は-ungenとなります(die Rechnung --> die Rechnungen)。
また-umとくれば中性名詞がほとんどですし、この単語はギリシャ語由来が多いので複数形は-enなど特徴的なものとなります(das Museum --> die Museen)。

他にも語彙を増やす方法はあると思います。
例えば、自分の好きな分野に特化して、その分野で用いられる用語をどんどん覚えていく方法。例えば料理好きな人ならば、調理や食材に関する用語を優先的に覚えてしまうというやり方。好きこそものの上手なれってことですね。

また動物、魚、自動車など、単語をグルーピングしてどんどん頭に入れていく方法もあるでしょう。例えば、das Tier「動物」の下位分類として、der Tiger「トラ」、der Elefant「ゾウ」、der Hund「犬」、die Katze「猫」、die Maus「ネズミ」などをマスターしていきます。

勉強とは試行錯誤の連続です。ご自身に一番合うと思った方法をいち早く見つけ、その方法を信じて邁進してほしいと思います。

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# by wp636 | 2017-06-28 18:24 | ドイツ語 | Comments(0)

フランクフルトに住んでいた頃、すっかり忘れてしまったドイツの文化とは、出会った人に挨拶すること。

尤も70万人が住んでいる町で、出会う人出会う人に挨拶していたら100mも進めませんけれど。

そんなフランクフルト暮らしが板についた頃、Franken地方を一人旅しました。ドイツにある様々な大学を訪れてみたかったからです。

そしてFrankenにあるWürzburg大、FH-WürzburgBayreuth大、Bamberg大、Erlangen-Nürnberg大、TH-Nürnbergと見て回ったのですが、Bayreuth滞在中、ホテル近くを散策していると「Grüß Gott!」と声を掛けられた気がしました。

こんなところでよそ者のアジアンに声を掛けてくる人もあるまいと思ったものの、何となく周囲を見回してみると一人の男の子が私を見つめていました。

で、その瞬間に思い出したのです。ドイツの田舎に行くと誰彼かまわず挨拶を交わす文化のあることを。

そこで彼に話しかけてみました。

私「私に挨拶してくれたんだよね?」

少年「うん」

私「何をしているの?」

少年「自転車に乗る練習」

ってな具合でちょっと会話してお別れしました。「嗚呼、Frankenっていいな。やっぱりこの牧歌的な感じが好きだな」と妙に納得して一人で笑ってしまいました。一日中心が温かいまま過ごすことができました。

またドイツに初めて留学した時のこと。滞在先はRegensburgでしたが、ここの人も朝早い時間にバス停で待っていると、とにかく挨拶から始まるという感じでした。それが外国人であろうが地元民であろうがお構いなし。そこがよかった。

そして今、北ドイツの町に住んでいますが、先日天気が良かったので会社の裏にある公園で昼食を摂っていた時のこと。

食べるのに夢中になっていたら「Hallo」と声を掛けられました。今、この公園で昼ご飯を食べているのも、ベンチに腰掛けているのも自分一人だけ。当然私に挨拶してきたのは明白でした。

この小学4年生くらいの女の子と挨拶を交わした時に、Bayreuthの、そしてRegensburgの記憶が蘇ってきました。

今も大都市を離れれば、ドイツの古き良き習慣は生きていると実感できました。

こういう素晴らしい習慣がどうか未来永劫続いてほしいと思います。

フランクフルトを離れて、ようやくドイツっぽい生活を送れるようになった、本物のドイツの文化に触れられるようになったと思っています。ベルリンもハンブルクもミュンヒェンもフランクフルトも、そしてデュッセルドルフも、それぞれに味わいがあります。それは認めます。

でも私は、ドイツを語るにはドイツの大都市を離れた方がいろいろなことが見えると思っています。

なぜかというと、大都市圏にはたくさんの外国人が住んでおり、もはや多文化・異文化社会が構築されているからです。

ドイツっぽいものを見たいなら・体感したいなら、人口10万人以下の町に行くのがお勧めです。

物の溢れた日本社会とは対極にある、「無いことを受け入れる暮らし」がそこにあると思います。

私はドイツでようやく手に入れた田舎暮らし、とっても気に入っています。


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# by wp636 | 2017-06-27 05:41 | 日常生活 | Comments(0)

 現在週に7講義を行っていますが、せっかくの夏休み、もっと多くの方に私のレッスンを体験してほしいと考えています。
どうしても個人レッスンは受講料が高くなってしまうので、一回の講義に何人か複数の方が参加する形で行えないか検討してきました。
講義を映すカメラも新調したことで画質が格段に上がりましたし、ホワイトボードを活用することで視覚的に理解しやすい講義を実現できました。こちらから配信する動画が受講する方にしっかりと伝われば、一度に複数の方が受講してもまったく問題はありません。
講義をする側にとっても、一度に複数人にレッスンができれば新たな挑戦になり、モチベーションもあがります。

 これまでに受講料のお問い合わせを複数頂いたのですが、単価が高いということで受講を断念された方がいらっしゃいました。
複数人を同時にレッスンできれば、もちろん単価は低く設定できます。
一回のレッスンを最低3人以上で受講いただけるのであれば、お一人1時間15ユーロで講義をご提供できます。

 大きな飛躍を秋に実現するために、この夏休みの学習を有意義なものにしていただきたいと考えております。
ご興味のおありの方は是非ホームページ、またはこのブログでお問い合わせください。
責任をもって指導いたします。

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# by wp636 | 2017-06-26 04:43 | レッスン | Comments(0)