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DSH準備コースで勉強していた頃、講師の先生に「Negation(否定)の学習をしたいです」とお願いしたら渋い表情をされました。
それを聞きつけたクラスメートが「そんな簡単なこといちいち勉強する必要はない。それよりも受動態とか接続法を勉強すべきだ」と言われました。
内心「こいつ分かってないな。お前が思うほどNegationは簡単じゃないんだ」と思っていたけれど、説得しても無駄なので無視しました。
講師の先生は「あなたの言いたいことはよく分かる。でもこのクラスではできないかも・・・」とお茶を濁してきました。
クラスメートたちには分からなかっただろう。私は「やっぱり説明するのに時間が掛かるのだな。そしてクラスの半分は『よく分からない』と言い出すのがオチで、絶対に紛糾するのだろうな」と思い諦めました。
結局このクラスではNegationを学ぶことはありませんでした。接続法なんて、私にしてみればそれほど難しい内容ではなかったのに。。。
Negationをパーフェクトに知らなくたってDSH試験くらいなら受かりますよ。でもその程度ではドイツ語講師をやるのに不十分だと思っていたのです。

私は今ドイツ語を教えながら、ドイツ語教授法(専ら外国人に第二外国語としてドイツ語を教えること)を大学で専門に学びMagisterの学位を取得したドイツ人からドイツ語を学んでいます。私は講師でありながら生徒でもあるのです。
これまでに私がドイツ語学習の際、疑問に感じていたことが的外れではなかったことを再確認しました。やっぱり私の思ったとおり、Negationは奥が深く、きちんと習得するのはそれほど容易ではありませんでした。

ここできちんと書いておきたいこと。
それは「文法的に認められることが正しいというわけではない」ということです。ドイツ語の入門書では、定動詞第二位の鉄則や副詞句をTeKaMoLoの順で並べるのが良いというような説明を受けます。 しかし、思ったほどにはドイツ語の語順は自由度が高いわけではないことに辿り着きました。今はその辺のことを先生と一緒に学んでいます。
ドイツ語の入門書はよくできていると思います。しかし上級に上がるためには、これまでの「ま、この辺でよいのでは?」という学習の仕方を離れないといけません。そこでポイントになるのが、「文法的には間違いではない。しかしネイティブのドイツ人はそういう言い方はしない」というポイントを身に着けることです。これが本当の意味での上級レベルというものでしょう。

私は学ぶためには謙虚さが必要だと常日頃思っています。DSH試験やC1試験に受かったくらいでは、確かにドイツ語の初歩から上級レベルまで一通りの指導はできます。でも知識を磨く歩みを止めた者に良いレッスンはできないと思うのです。

レッスンでは自分の得てきた知識を余すところなく提供しています。若く青かった頃には「自分の知りえたものを独り占めしたい」というケチな考えを抱いていたころもありました。なにせ物凄く厳しい受験戦争がありましたから。
でも大学を卒業して社会人になってからは、考え方も変わりましたね。
ドイツに来てからは「自分の持っている知識、経験、ノウハウは全部与えよう!」と思い個人レッスンをしています。

ドイツ語レッスンを始めてから3年が経ちますが、開始当初よりも確実に今の方が指導力も知識も厚みを増したと思います。
これからも更なるレベルアップを目指して精進していこうと思います。

# by wp636 | 2017-08-02 03:57 | ドイツ語

日本の政治家に大した人物がいないのは今に始まった話ではないけれど、北朝鮮がミサイルを打ち上げて大変な時期に辞任する防衛相ってどうかと思う。そういう人物を任命した首相も首相。しかも後任は外相と兼任って。人材難と言われても仕方のない状況だ。
小さな頃から懸命に勉強している生徒がたくさんいて、社会人も自分のプライベートな時間を削って長時間勤務しているのに、その努力と納税の一方で、日本のトップに立っている人物がこの程度ではあまりに浮かばれない。

政治に興味を抱かない人が多い昨今、選挙についても「どうせ行っても無駄」と思って投票に出掛けていかない人も多い。けれど、これは物凄い税金の無駄。自分の貯金に目を向けることと同じくらい、否それ以上に価値のあることですよ、政治を考えることは。
もっと多くの人が政治に関心を持って、「良い政治家」は選べなくても(人材不足なので)、「ひどい政治家(稲田議員のような人物と言ったらあまりに失礼か)」を選ばないようになりたいもの。

今、中3生に公民のレッスンをしていますが、中学の学習科目でこれほど重要な科目もないと思う。
下手をすれば、日本国憲法や政治(選挙)などの仕組みを勉強する機会はこれが最後という場合も多い。私は高校時代の受験科目として政治経済・倫理を選択していたので、憲法などについて改めて深く学習する機会があったものの、高校時代に政治経済・倫理を選択する人なんて殆どいないはず(全高校生の一割以下?)。多くは日本史か世界史に地理を加えるパターンであろう。
だからこそ、中学生の時分にきちんと公民の指導をしておかねばならない。受験科目としてだけではなく、生きていくための実践的な学問としても。
ただしこの科目、教える人間によって大きく内容や指導の質がブレる可能性があり、取扱注意科目なのである。
多くの社会科の教師は史学専攻であろう。経済、経営、商学専攻だった人間が公立校の社会科の教師になる確率はとても低い。大抵は銀行か証券、生保それに商社を第一志望に就職活動を行うはずだから。私自身も経済学部出身だけれど、会計の勉強をして国税専門官、それに民間会社の経理マンを勤めてきた。
だから興味深い公民の授業が学校で行われる可能性はとても低い(主専攻にしてきた教師が少ないから)。社会経験の少ない教師が、公民を中学生に向かって指導するのは困難ともいえる。

日本人の、特に若者の政治離れが顕著なのは、お粗末な国会議員らの責任もある。しかしそれだけではないだろう。
せっかく公民という貴重な学習機会が義務教育の間にあるのだから、ここをしっかり指導できる教員の養成も必須だ。もっと生徒たちが小さな頃から、政治や経済に関心を抱く学生を増やさないといけない。
私が学校教員の4割から5割は社会人経験者にすべきだと考える理由はここにある。教職課程を修了して、教職員採用試験に合格すれば教師になれるという甘い考えを根本から叩き直さなければならない。一生懸命に働いている教職員がたくさんいることも知っているが、反面どうしようもない者がいるのも事実。
臨時雇いで教職員を補うのではなく(不安定な雇用では指導の質にも影響する)、半日勤務の正教員を増やすべきだと考える。そうすれば家事との両立が可能になり、教職に復帰できる元教員なども見つけられるのではないか。

国会議員の体たらくを非難し政治に無関心になるのはたやすい。それよりも将来の日本を背負って立つ人材を小中学生の教育段階からしっかり養成していくことだ。そのためには中身の濃い授業のできる優れた教員の人材確保・育成も待ったなしの状況である。

# by wp636 | 2017-07-29 08:30 | 日常生活

もともとキャンペーンガール出身でタレントだった蓮舫さんにしてみれば、政治家に転身して政党の党首になることなんて考えもしなかったことでしょう。

彼女は台湾人の父と日本人の母を持つ二重国籍者でした。たしか日本に生まれ、外国籍を持つものを親に持つ場合、22歳までにどちらかの国籍を選択しなければなりませんが、それを怠ってきたようです。恐らく意図的にでしょう。

自分はドイツに住んでいますが、二重国籍が認められるなら絶対保持しようと思います。それが普通の感覚でしょう。どちらの国籍も保持できるなら得なように思いませんか?まして一度単一国籍を選択したら元に戻せないと知ったらなおのこと、触れず語らずに黙っていようと。
蓮舫さんにしてみれば、まさかタレントが政治家に転出するなんて考えもしなかったでしょうから、自分の二重国籍が政治家としての生命を危うくするなんて思いも寄らなかったのでしょう。

ただ、さすがに国会議員になり、政党の党首すなわち内閣総理大臣になる可能性のある人物となるとうやむやにはできないです。
残念ながら次の選挙に当選できるかも微妙になってしまいましたね。

ドイツの統計では外国人率が7%といいますが、ドイツで生まれてドイツ籍を持っている人はこの統計に含まれていないと考えられます。
たったの7%の外国人だなんて、とても思えないです。もっといますよ!
ドイツでもこの二重国籍問題はテレビなどで度々取り上げられています。現在私の住む住宅の大家さんはトルコ人ですが、どうもトルコでは二重国籍がOKらしいのです。驚きました。旦那さんも奥さんもドイツに住んで20年以上になりますが、二人いる娘さんはドイツ語の方が母語のような感じ。恐らく彼女たちが二重国籍者なのでしょう。

蓮舫党首の件をきっかけに、日本でも二重国籍の問題について深く討議した方がよいです。この先日本に入ってくる外国人の数は増える一方だと考えられるからです。
私は個人的には蓮舫党首を非難しようとは思いません。ただこの手の問題は実際に何らかのスキャンダルが出ないと議論の対象にならないのが事実。良いきっかけになったのではないでしょうか?


# by wp636 | 2017-07-28 07:23 | 日常生活

今、ひとりで会計を全部回すことに決まり、「これではまとまった休みを取ることもできませんね」「二週間の連続休暇を取って日本に帰るなんて無理ですね」と現地社長に言うと、返答ができないというありさまです。
日本人にとって一番大切なのは自分の時間でも家族でもなく、仕事です。

よくドラマで「仕事に明け暮れてきたので、子どもに目が向かなかった」というサラリーマン父さんの告白などを耳にしますが、これはドイツではまず理解されないでしょうね。「仕事が忙しいのは分かる。でも家族よりも仕事が大切なの???そんなことあり得るの?奥さんや子どもたちは文句を言わないの?」って感じでしょう。

私はドイツの会社に働いています。でも日本の本社社長は「彼は日本人だから日本の働き方をしろよ」と思われているようで、そこが大変不満なのです。
ドイツに来て、ドイツの会社に働いてみると、日本人の働き方がいかに仕事最優先主義であるか分かります。
そして一度ドイツ人の働き方を知ると、日本の会社で自分が当然のようにやってきたサービス残業とか連日の超過勤務というのができなくなります。

それに一番不満なのは、自分の生き甲斐である個人レッスンにも支障をきたしかねないという点です。
勤務時間以外の時間は私のものです。そこにまで会社に干渉されたくないです。

早いところ事業を独立化させて、自分の思い描くレッスンを思う存分やりたいです。

# by wp636 | 2017-07-24 08:22 | 日常生活

先ほど日本のニュースを読んでいたところ、北海道が猛暑で大変なことになっているという。
もともと冬が長く夏は過ごしやすい土地柄なので、エアコンの普及率が全国平均の3分の1以下だとか。
校庭で体育の授業をしたり、放課後の部活動に支障がきたすなら理解できるけれど、どうやら教室にいて授業を聞いているだけで熱中症になる生徒もいるのだとか。

そう聞くと、「夏休みの季節なのだから授業をしなければいいのでは?」と言いたくなる。
でも学校には授業をすべき期間の定めがあり、それは全国画一的に決められたお約束なので、勝手に北海道だけ授業を止めるわけにはいかないのだろう。
でも日本は南北に長い季節感多様な国。だからこそ冬対策に重点の置かれるこの地域にはエアコンは普及していないのでは?
ならば、土地柄に応じて授業期間を例外的に変更すればよいのに・・・
例えば冬休みはクリスマスと大晦日、そして三賀日だけにして夏休みを増やすとか。秋休みは今年は返上するとか。

ドイツの会計事務所に勤務していた頃のお話し。
上司・同僚と日本の学生たちの夏休みの過ごし方をテーマに話しました。
日本では夏休みに「待ってました!」とばかりに学習塾が講習会を開くので、本当の休みになっていないと現状を伝えると、「それは夏休みって言わないでしょ!」と猛烈に反発されました。
「ではドイツの学生、特に小中学生は夏休みをどう過ごしているのか?」と尋ねてみると、「夏休みなのだから勉強から解放されて、さまざまなアクティビティーに精を出すのだ」そうだ。
例えば、私の当時の上司(女性)は息子2人を授かったけれど、長男が中学生に上がったのを機にお父さんが一念発起。
なんとフランクフルトから二人自転車を漕いでフランス・アルザス地方を経て、遠くスイスまで2週間の旅をしたという。
なんと素晴らしい体験!

旅行中、毎日お父さんが携帯電話で現在地を奥様に報告して無事を知らせていたのだとか。素敵な夫婦愛、羨ましいほどの親子愛!
遊び惚けているわけではないけれど、これぞ夏休みの過ごし方・夏休みにしかできないことをやっていると思って感心しました。

個人レッスンのお仕事をしていますが、夏休みも宿題でがんじがらめにしたいとは思いません(受験生は話が別ですが)。夏休みを取ってご家族で旅行するなど、海外生活中にしかできないことは思う存分やったほうが良いと考えています。それはレッスンが少なくなるので収入的には響きますが、何が一番大切なことか常に考える必要があると思います。
海外駐在中に家族で旅行できる機会なんてそうそうありませんから。

休みとは休むから休みという。ドイツ人のシンプルな発想には、ときどき頭を叩かれるような衝撃を受けることがあります。
「言われてみればそうだよな」って深く頷いてしまうような。

最後に上司や同僚の言った以下の言葉が忘れられません。
「夏休みの期間中も休むことなく勉強するという考え方もあるけれど、しっかり休むべき時に休んで、リフレッシュして秋から新たに勉強に打ち込めるという側面も見逃してほしくないわ。大体、夏の暑いときは勉強しても効率が悪いから夏休みにしているのでなかったの?日本人の考え方は効率的とは言えないわね」ですと!?
厳しいご指摘で。

# by wp636 | 2017-07-15 18:54 | 日常生活